わんわんと、子どもが泣いていた
何がそんなに怖いんだ、坊主
生まれ育った大きな洞窟は
外に出れば、何だ、世界のひとかけらだった
水は下れば下るほど
交わり
広がり
薄汚れてった
川の端に見える景色も
でっけえ岩に水晶はめ込まれ
怪物みたいのがひしめき合って
どんだけ人間箱詰めになってんだ
なんだかこっちまで息苦しいや
ぷかぷか さらさら
おいらを乗せて
どこまでいくんかな この流れ
時間なんて人間だけのものだと
思ってたよ
ごひゃくねんまえ
生まれた場所から遠く離れた
「わしらは死ぬときに初めて旅をするのだ」と
長老が言ってたっけ
「おいらはもう旅したことあるさ、ほら宝物探しに」 言ったら
「あれは旅じゃあないな」
言われた
なんだ、それ
なんだ?旅って
今になってわかって苦笑
あいつはずっと先にいったんだっけ
よんひゃくねんまえ
かあちゃん、かあちゃん、と
病の母を
助けるために猫町へ
そこからずいぶん遠くの方へ
ばか、ほんとうばかだ
会えねえじゃんよ、それじゃあもうよ
死神頼むよ、頼むよ死神
おいらの初めての人間の友達
(あれきりの人間の友達)
ちゃんと見送ってくれたんだろうな
おいらにとっちゃ先の先の話で
あの時こだぬきが何で泣くかわかんなかったけどさ
いくらか時間を流れてきて
いくつかを見送って
ようやくあの涙の意味が分かった頃に
おいらもあの地を流れ出た
この流れの先の水溜り
あふれちゃうんじゃねえかなあ
だっておいらを運ぶ以外の水もずんずん流れて行くようじゃねえか
死神よう、ごくろうさん
こっちで待ってりゃおめえ
仕事干されないで済んだかもしんねえのにな
しかしさっきから耳につく泣き声だ
わんわんと
何が怖くてそんなに泣くか
なあ坊主
ああ、猫が怖くて泣いてんだな
よく見りゃおめえ ちっさいころのおいらそっくり
チビがこっち向いて俺と目が合ったよ
そしたら泣き止みやがった
おいらも半分閉じかけてた目
パッチリ開いちゃったよ
ああ、
ああ、ああ、わかった、
そうだな、
おまえだ
おいらの初めての人間の友達
なんだよ戻って来てんじゃねえか
今度はおいらがちょっと遠くへ
行く番、
ただそれだけか
うまいこといけばまたどっかで会えるかも知れねえなあ
笑みがこぼれるの
なんだか自分でも止められねえ
泣くなよこだぬき
泣くことねぇよ
目に突き刺さるほどの緑に囲まれ
あいつがいないと嗄れるまで泣いた
記憶の彼方のちいさいおまえ
ちいさいおまえ 胸の奥よぎる
あの日おいらたちが離れて
ずいぶん経っちまったけど
またいつかの日
どんな形になったって
きっと会えんだ
いまみたいに
目を合わせりゃ分かるんだ
少し、楽しくなっちまうんだ
ゆるり、
ゆるり、と
水は流れ、
知らない匂い
初めての匂い
けど、
これが「潮」かな、なあ長老、
懐かしい匂い
始まりの匂い
帰り道の匂い
知ってる匂い
知ってた匂い
この世の見納め最期の最後
あいつに遇えた
ことに感謝
また死神の奴でもからかってやるとするか
※ここでの設定
河童は死期を悟ると
自ら死に場所を目指す
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