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水鏡/img鬼太郎と偽鬼太郎(墓場鬼太郎)



はっ、ははあ、
空き家でも山小屋でもなくてすいませんね
いやいや、ちょうど僕も寝転ぶのに飽きてきていたところだったんですよ
夏の雨でも体は冷える、体を乾かして熱いものでも飲んでいきなさい、夕立ならすぐ止むでしょう
しかしこんな土砂降りの中、誰が訪ねてきたかと思って驚きましたよ
雨には少し嫌な話がありまして、
よく現れる奴がいるんです

そいつに名前はございません

僕には運のいいことに父がありますので
呼ばれ、応えることに苦労した事はなかったんですがね
そいつは運が悪いことにみなしごで
さらに悪いのは名前を告げなかったんですよ、誰にも
まあ、告げる相手がいなかったってのは同情するべきところでしょうが
ただねえ、
そのまま別人の名を語っちまったんです、
双子のように似た他人の名前、
そいつに成りすまして何をする気だったのやら、ろくじゃないことには違いないでしょうがね
で、ある時そいつ、名を借りた奴と間違えられて殺されちまったんです
相手も誰かから恨みを買ってたようで、そんなところまで似ていなくてもねえ
死体は無いんですがね、いえ本当の話ですよ、
無いと言うのもおかしいか、水のように溶け死んだもので
畳の染みになって、調度そこの染みのような
ああ、薄気味悪かったですか、すいません
本当、あんな死に方、いや、殺され方もあるんですね
がめついのがいけなかった、人に出す珈琲飲んだりするから、身代わりだ
それだけでも不幸なのに、
身が消えたあと、誰もそいつを呼べないんですよ、
ななしの、みなし
名が無いものは居無いものだと、聞いたことありません?
そんなこと言われても、居るものは居るのにねえ
でね、
人の身であったものでも、身無しであるのにそこに見えたら化け物でしょう
さもそこに居るように振舞ってはいるんですがね、見えない
僕以外に

憑く、と言うのではないんです
障るどころか気配さえも感じない
おおかた死に際を見たと言うことで僕に見えるのでしょう
ちょうどこんな雨のひどい日になりますとね、
鉛筆で薄っぺらい紙に描かれた線のようなものが
ゆうれい、とも、ひとだま、とも呼ぶのに躊躇うあまりにも哀れな輪郭をかたどってね、
僕の正面に僕の格好を真似て
右手を上げれば左手を上げ、
上着を脱げば脱ぎ、
再び着るときは僕のものを着ようとし
いや、そりゃあ払いのけてやりますけれど、
それで、背を向けてもとに返ればもういなくなっている
水滴ひとつ染みを作って
乾き損ねた涙ですかね、畳の上にいつまでもある
化け物にすらなれない、なんでしょうね、あれは
行くべき場所も定まらないままプカプカ、
ほら、そこ、僕の右手の先、それ、
見えない?うん、ああ、そうでしたね、
まあこの煙草の先っちょあたりにね
くゆる煙に混じりして、ゆうらり、ゆら、ゆら
漂ってみたり、囀ろうとしてみたり
カプカプ、まるで水鉢の中の金魚のようです
名前を呼べとでも言っているようなんですがね、ねえ、
知らないもので、ええ、
語った偽の名前は知っていますよ、
ただ、それなぞ彼は用としていないので
呼んでみたところで僕だけに見えるそいつがどうにかなるわけじゃあない
なあ、ニセモノ?

名が無いせいで行き場の無い、
せめて僕以外にも見えるものがいたら、怪異と言う噂が宿り木となって
妖怪くらいには成れるんでしょけれど
新しい名前をあてがってやろうとすると、必死で頭を振るんです
人のままで居たいと
なら名前を探してやれって?
確かに、もとからの名前を響かせればその振動で霧散してくれそうですね
けれども僕、
朝から動くのも面倒ですし、夜は人の話を聞いて周るのに向いてませんから
まあ、鏡のように良く似た顔を
天井に透かして眺めるのも悪くない、でしょう
雨の日の退屈しのぎにはなりますし、
悪趣味?ふふふ、嫌だなあ人聞きの悪い
だってね、聞いてくださいよ

こいつ両の目開いて僕を見ているんですよ

鏡ではお目にかかれない、左目のある僕
ねえ、悪くないでしょう?
気が向いたら元の名前を探してやるかもしれませんけどね
ところで貴方、顔色が悪いですよ
お湯も沸きましたし、暖かい珈琲でもいかがですか?

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