誰もおまえを救わないよ




燃えて足掻いて内臓すら混じった血を吐いて剥ぎ取られて地面に打ちつけられて突っ伏して
誰がおまえを望もうか
擦り切れて粉々になって命も持たないおまえの価値は
吐き出し続けた理想の骸と振り下ろした力にあてがわれた罪状だけ
暴かれて晒されて塵となり大気に溶け誰の目にも映らない
のに、
いつかいつしかおまえの欠片が口から咽へ胃へ肺俯へ毛細血管巡り隅々
内から俺を突き刺し苦しめなぜいつまでもそこにいるのだ
三途の川の彼方へ去れ
俺はおまえを拒絶する否定する嘲笑う撃ち落とす
おまえをおまえをおまえおまええええええヱえエｅええおまえおまえは何？
折れそうな体青白い頬色素の薄い頭髪趣味の悪い衣服
笑わない口元この世の全てを背負い込んだつもりの眉間折れない視線
その形を纏っただけのおまえ
なぜいともたやすく俺の内へ入り込み穿ち噛みつきかき乱す俺はおまえを否定するのに
笑わなかったなあ
子どもらしい笑みなど一度たりとも愉快な事などこの世に無いと
泣かなかったなあ
命乞いの隙を与える暇もなかったが一度たりとも目をそらさなかった
俺から
すべてから
そらさなかった折れなかった視線が
三途の川の彼方その先真っ黒虚ろ果ての無い闇
から俺めがけて
視線の姿は闇と同じ色をした粒に変わって
いともたやすく命乞いの隙与える暇なく
着弾
着弾
着弾着弾着弾
乾いた音が耳へと届く











時々フラッシュバックのようにあの子どもと過ごした日々が頭の中を駆け抜け 自身を制御できない状態になる
そうして気がつくと布団の中で脂汗を流しているのだ

「救世主とはそう言うものだ」
朝食を運んできた同居人は、事も無げにそう答える
こんな遣り取りもあきれるほど重ねた
彼の信仰対象であろう存在に
無意識とはいえ、何度も何度も罵倒を浴びせる俺をどう思っているのか
怒りだろうか、哀れみだろうか

窮屈ではない部屋
差し込む午後の陽光
真白い清潔なシーツ
住居の周りをぐるりと囲む林を通る風に頬を撫でられる
悔しいが心地よく感じてしまう
ああ、とても病室だ
俺のそう長くない日々をしつらえる病室だ

「貴方は悔しくないんですか」
「何がだ」
「すべてです」
俺が使徒に成りすましていたこと、
立場を利用し信仰対象を地に打ち伏したこと、
使い物にならないような身の裏切り者を自身の傍においていること、
全て俺には理解不能だ

「なあ、」
彼が尋ねる
「おまえはどうしていつまでも救世主を求め続けるんだろうな」
ずっと目の前に居た、のに
と、その言葉が俺に届いてない事もわかっていて

「…ねえ、」
俺は答えをそらす
「知っていますか、知っているでしょうね、知識を詰め込んだその頭なら」
この世界の末路
「知っていますか、知っているでしょう」
契約期限があること
「太陽と約束を交わしここに存在する球体は太陽と共に滅びる」
どんなに素晴らしい王国を産み出したとしても
「終焉はどうしようもない力によってもたらされる」
“Will” end.

「だから、おまえは…！」
隣人の吸い込んだ息は声を荒げきることなくため息に変わる
あきれるほど見てきた落胆
今の俺ができる最大の腹いせだ
もうとっくにその馬鹿馬鹿しさも気がついているけれど
“Will end.”
なら、もっと楽に過ごせばいい
残りがわずかならなおさら
貴方に俺は救えない

憎む事で、あの子どもと繋がれた糸を手繰り寄せようとする
己をさいなむ事で、あの子どもが目の前にいたことを忘れないようにする
同居人を傷つけることで、あの子どもを覚えている自分が確かなものだと証明する
滑稽だ、自然口元が自嘲でゆがむ

お前に俺は救われない
そう遠くない俺の最期
それだけが俺を救う
そうだろ

誰にも救われないお前は誰も救うことなんてできない
だからお前に終焉は無い
救世主
ただの子どもだったならどれほど心安く生きられただろう
撃ち放った銃弾たちに身を任せたまま息絶えて
復活なんて
終わる世界は望まない
終わる俺も望まない

「復活なんて、いつになるかわからない約束に縛られず、あなたの生を刻んでください」
俺はあなたの傍にはいたけど
あなたとも、彼とも、同じ道を辿らない、辿れない、から
精一杯の笑顔を作って、二人と、二人が夢見る世界を祝福しよう
俺の顔を見て落胆するあなたがひどく滑稽に見えるので
「愛していますよ」
俺がこれからいなくなってもいつか訪れる終わりまでまわりつづける小さな球体に向かって鉛の弾を撃ち放った