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ゆらめいている。
ゆらゆらゆれている。
形の定まらない水のようなそれよりも軽い気体のような重く沈む鉛のような。
それは、
在ったのだ、そこに在ったのだ。
しかしその頃の記憶はすでに失われていた。
「それ」はやがて動き始める。
概念として、しかし確かに存在する「時間」のように。
同じ方向へ、向かう。
「それ」らが集まり
「流れ」になる。
どこへ向かうか、
記憶を失い、初めて自ら動く、いや、それこそが変わらない記憶、
還る場所。
「地獄は、
ぽつ、と背を丸めた小僧が、彼にしてはめずらしく思ったことを口にした。
「地獄はもっと暗い場所だと思ってたんだが、来てみると思ったより灯りがあるんだな」
応えるのは顔の半分ほどを髪で覆った同じ齢のころの小僧。
「入り口あたりはまだ向こうの気配があんだよ」
そう言って足を止める。
行く道は暗く、伸ばせば指先さえ見えないような闇に、微かに灯。
青白、橙、白、赤
気まぐれに、灯る場所も選ばず、光。
立っている地を照らす。
「今は人間が多いからね、
昔は、
火を使うもののなかった頃はもっと暗かった、
って、父さんが言ってた
僕らはずいぶん昔からいたから
虫と謳い、獣と遊び、樹に身を寄せて
まあ光のあるなしに関わらず
僕は嫌いじゃないけど
ここも、むこうも」
鬼の名を持ち、人に混じる、小僧。
だが、空せ身、うつわ、もともと空なのだ。
小僧の、
人のように見える身は、彼岸此岸どちらにいても揺らがずそのままの形を保っている。
「恋しいの?向こうの世界が」
小僧がからかい調子に問うた相手もまた、こちらでは在りようのない、人の形を保っている。
「そうだな、僕は君よりもずいぶんと後に生まれたし、
見えて触れるものを救う、
いやあるべき世界に戻したいと願ったわけだし
その世界を見るため、
光は…、
恋しいと言うより、
必要なものだな」
そう、少し考えながら吟味しきれず、曖昧のまま答えた。
「ここの世界の光もきれいだ、闇が濃い分、
手にだって触れられるんじゃないか」
柄にもないことを言った、と言葉にしてしまってからとまどう。
恋しい?
…似たようなものかもしれない。
今度は口にしなかったけれども、
その思いを悟られないよう、歩を早める。
…大人びた口調のわりに仕草のわかりやすさは子どものままだな。
からかった側も、気がついてはいたものの野暮のように思えて、黙る。
そのように、もと在ったものへ対する懐かしみのような望みのような、
恋しさのような思いは、
からかった側にもわかるものだった。
「…光、ひかるもの…、ああ、そうだ」
どぷり、音を立て道沿いを流れる川に深く手を挿すと、
粘り気を持つ泥のようなものを引き抜く、
かと思えばそれは、
腕をするすると這い上がり霧散する、と、つかんだ拳の中には
気体をまとわりゆらめく、小指の先ほどの黒い粒
「ここから先は人の灯の記憶も薄れて
向こうでの姿の記憶を保つだけになっていく。
人は光らないからね、
足元を照らす灯りに困るだろう?」
言いながらまた、どぷ、とぷり、と何度か繰り返し
川から粒を抜きあげ差し渡す。
「これは?」
粒を受け取るが、正体がわからず尋ねる。
「還る場所へ流れていくものさ
行く先は同じだから少しついてきてもらう事にしよう」
手のひらで、
粒はいつしか見覚えのある明滅に変わっていた。
「そいつらの光は向こうでの姿の記憶だ。
たましいは容れ物から抜けてやっと、
還る道を思い出すのさ。
記憶の形が消える頃には着くだろう」
人が想い描けなかった地獄の奥、
「君がわざわざ僕に道を尋ねた場所までね。
まだ征服し足りないのかい?」
それとも他に用事でも?と、また言葉を呑んでカラコロと先を行く。
流れを離れた光はしかし
戻るでなく惑うでなく
小僧らの行く道を歩む速さで飛んでいった。
「ったく、なんだよ死んでも生きる方法って」
「君にだけは言われたくないな」
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