思うにその「心」というものがいけない。
君を君たらしめているのは感情だと勘違い
していやしないか？君はすでに望まれて生
み出されたものなのだよ。
君を生み形をなしたのは父や母などでは
ない。あれはただの記憶として用意された
ものだ。君を君たらしめているのは人の持
つ死に対する恐怖を象った魑魅魍魎、妖し
い怪しい妖怪ども、に打ち勝つ強い存在、
かつ人より蔑まれ憐れまれる存在。
君はヒーローにはなれるだろう、けれど敬
われ拝まれることはないだろう、君自身も
望まないだろう。そう創られたのだ。そう
言うことだ。疑問をもってはいけない。
記憶を消してやろう。君を苦しめているの
はそれだ。人に望まれたいのだろ？居てほ
しいと乞われることを、望んだろう？
彼らが望むものになれば君は君の望みが叶う。
彼らが望むものが何か知っているか？君自
身を望んでなどいない。君のような、つま
り刺激的かつ死に至らしめず最後には大団
円をもたらす存在。しかも平穏な日々の中
でほんの少しの時だけでいいのだ。
観念したまえ、君は日常になることは叶わ
ない。許されない。
「優しさ」は「憐れみと同情」の聞こえよ
い名だ。
こちらへ来なさい。少し深い眠りのあと悲
しい記憶も優しい記憶も人と同じように薄
れているようにしよう。
君が過去を持っていたって過去は等しく遠
くなる。君を覚えている者だって君より先
に消えていく。忘れなさい今この時さえも。
目の前にいる私のことも。
そうしてここから先を存在し続けなさい。そ
うして初めて君は実在となれる。
生きて、ゆける。






そう言ってその人は何か言葉を紡いだあと、ただ一度だけ僕に触れたのだ。

誰だったかも思い出せないし、もうずいぶん昔のことのようだけれど。さらわれたものは何だったのかと、今も僕は思い出せず、ただ僕の目を覆い隠した、無責任で骨ばった温かい手を思い出しては喉の奥をつまらせる。
これを吐き出せたら、全部、全部、思い出すのかな？